普通「民謡」と聞くと、昔から謡い継がれているものといった印象がある。が、沖縄の民謡はちょっと違う。もちろん伝統的な古典ものもあるが、沖縄では毎年、何曲もの新作民謡が次々とリリースされている。沖縄の民謡の大家には1999年惜しくも世を去った嘉手苅林昌や、沖縄を舞台にした映画『ナビイの恋』で69歳にして初めて映画デビューした登川誠仁、沖縄ポップスの創始者・照屋林助などがいる。が、その一方で沖縄民謡の世界では毎年何十人もがレコードデビューする。それは若者に限ったことじゃない。40代、50代の唄者がデビューすることも珍しくない。そういえば昔、スナックのママさんをしていた親戚のおばさんが、突然レコードデビューしたこともあったっけ。デビュー曲のほとんどは新曲である。沖縄民謡は島唄とも呼ばれているが、これほどまでに新曲が誕生するのはなぜだろうか。
ひときわ静かな列車旅。9時38分、定刻に2429Dは滝川駅4番ホームを後にした。乗客は20名足らず。釧路への長旅は、少人数でスタートだ。滝川駅の広い構内を出て、小さな踏切にさしかかる。このあたりで根室本線は函館本線と別れ、大きく右手へカーブ。そのカーブが終わったあたりから、ようやくスピードをあげ始めた。車窓の風景は冒頭に書いた通り、すべてが白に包まれている。積雪は1メートル以上あるだろうか。夏ならば、大きく開け放った窓から、緑鮮やかな田園風景が青空の下に望めるはず。ソバ畑に咲き乱れる白い可憐な花々が、やさしく風になびいていることだろう。最初の停車駅、東滝川に到着。1駅減って、残り停車駅は45になるが、旅はまだ始まったばかり。乗客はみな静かで、おのおの新聞を読んだり眠ったりしている。この日は連休2日目(3月19日)で、「アオハリー」の乗車率も当然高いはずだが、どうしたことか車内にそうした乗客は見受けられない。ちょっと不思議だ。昨夜、北海道では大雪が降ったためだろうか。といっても、天候はすでに回復し、青空こそ見えないが、時たま小雪が散らつく程度だ。
海外旅行に欠かせない必需品は何といっても、電気湯沸器とスリッパと七つ道具のついたナイフであろう。湯沸器については後にも述べる通り、最初はニクロム線をコップの中に突っ込んでお湯を沸かすのからはじまったが、最近ではコインでまわすだけで百十ボルトと二百二十ボルトの切り替えができる便利な湯沸器になった。各家電メーカーとも思い思いのデザインのものを売り出しているが、私は一番歴史が長くて、デザインも気のきいたサンヨーの製品を愛用している。しかし、どこの製品にせよ、さしこみは国によって全く違うから、世界中のものを一通り揃えて持って行かなければならない。せっかく、湯沸器を持っていても、さしこみがあわないと何の役にも立だないからである。次はスリッパである。日本人はスリッパと浴衣はどこのホテルにも備えつけられているものと思いがちだが、香港に行っても、マニラに行っても、両方ともない。浴衣は日本特有のものだから、外国にないのは誰にでも納得のゆくことだろうが、昭和四十七年に二十四年ぶりに故郷の台湾へ帰った時、真夜中にホテルへ戻ってスリッパを探したら、どこにも見当らなかったので、フロントに電話をかけてきいてみた。そうしたら、「うちはフィリピンから来た華僑のつくったホテルですから、スリッパはありませんよ」と素っ気なく断られてしまった。台湾でも日本人のよく泊まる北投温泉にはスリッパどころか、浴衣の用意までしてあるが、フィリピンはアメリカの植民地だったところだし、自分はフィリピン帰りだという証拠に、スリッパのないことまで自慢にしたりするのである。